国民性: 思い込み

昨日のエントリー、「国民性」で書いた:

何百年経っても国民性というのは中々変わるものではない。だから、職人的気質の人口が比較的多い日本では、世界に向けてそれに合ったビジネス展開というのが、働く側も、利益を上げたい側もハッピーなのだろう。

今日失敗学で読んだ:

「うちの組合は、ずっと中国からの研修生を受け入れてきました。それで先日、組合の連中が招かれて中国に視察に行きました。うちで育った若者たちと逢うのが楽しみでした。行ってびっくりしました。なんとそのうちのひとりは、従業員3千人の大XXX工場の工場長になっているではありませんか。」
 中国が、産業の基礎であるXXX造に、どれほど力を入れているかが、よくわかる話であった。そのころ川口の人達は、中国のXXX造技術はまだ低い、なにしろうちで二、三年修行した若者が工場長になれるくらいだから、と高を括っていた。しかし中国は瞬く間にその技術を高めた。」

そうだ、第二次世界大戦後には、日本の技術力は低かった。でもずっとそうではなかった。私は自分が論理的だなど思っていたことが恥ずかしい。まだまだ序の口。沢山学ぶことがあるんだなぁ。

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s