失敗の本質

戸部良一氏の失敗の本質を読んで愕然としている。順化していた日本軍の組織について読みながら、現在の日本における大企業の組織が浮かんでくる。野中郁次郎氏が米国で初めてKnowledge Creating Companyを出版したのは1987年だったと思うが、Knowledge Creating Companyでは野中氏は、日本企業、組織についてポジティブである。野中氏も戸部氏と失敗の本質を出版したのは1985年。将来の日本企業組織への警告だったのだろうか?

特に鮮明に思えたエントリーは下記の通り:

 失敗の序曲:作戦目的があいまいであり、中央と現地とのコミュニケーションが有効に機能しなかった。情報に関しても、その受容や解釈に独善性が見られ、先頭では過度に精神主義が誇張された。

 なお日本軍を圧倒したソ連第一集団司令官ジューコフはスターリンの問いに対して、日本軍の下士官兵は頑強で勇敢であり、青年将校は狂信的な頑強さで戦うが、高級将校は無能である、と評価していた。
 満州国支配機関としての関東軍は、その機能をよく果たし、またその目的のためねは高度に進化した組織であった。しかし統治機関として高度に適応した軍隊であるがゆえに、戦闘という軍隊本来の任務に直面し、しかも対等ないしそれ以上の敵としてのソ連軍との戦いというまったく新しい環境に置かれたとき、関東軍の首脳部は混乱し、方向を見失って自壊作用を起こしたのである。

 ここで問題にしているのは、両者のいずれの会見が軍事戦略上、適切であったかではない。より根本的問題として、作戦の立案者と遂行者の間に戦略目的について重大な認識の不一致があるという点である。とくにきわめて多様な戦略的対応を求められる統合作戦の場合には、この不一致のもたらす結果は決定的であるといわねばならない。

日本軍人の勇敢さやここの士官の優秀さは米国軍も認めるところがあったが、こうした人々は巨大で複雑な、書式かされた現代船の作戦で成功を勝ち取るのに必要不可欠な「高度の平凡製」が不足していたのである。・・・
① 聡明なイニシアチブがかけていたこと。
② 命令または戦則に版下行動をたびたびとったこと。
③ 虚構の成功の報告kを再三報じたこと。

 日本軍は事実から法則を析出するという本来の意味での帰納法ももたなかったというべきかもしれない。
 日本分の戦略策定は、一定の原理や論理に基づくというよりは、多分に情緒や空気が支配する傾向がなきにしもあらずであった。

日本における社会的要素、心理的要素は、第2次世界大戦時の日本軍、又は現在の日本大企業における組織的特性や欠陥を作りやすいのだろうか?破壊への道。歴史は繰り返されるのだろうか?1930年代前の日本での組織特性や欠陥はどのようなものだったのだろうか?例えば江戸幕府。それ以前。

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